社会

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    1: どてらを着た名無し 2018/04/02(月) 17:19:59.87 ID:CAP_USER9
    2018年3月25日、琉球新報に掲載された1本の記事がインターネット上で話題を集めました。公式サイトに掲載された訳ではありませんが、新聞記事の写真がツイッターやフェイスブックで拡散され、個人ブログなどで紹介する人も続出し、賛否両論を巻き起こしたのです。

    話題となった記事は、入社2年目の塚崎昇平記者(26)が書いた「ネット右翼でした」というタイトルのコラム。琉球新報の記者が「ネット右翼」だった過去を告白する内容は、ネットでの反応を見る限り大きな関心を呼んだようです。「記者ですが」というコーナーは2017年6月4日から毎週日曜日に掲載している記者のコラムです。記者たちの素顔を垣間見ることができると好評で、開始以来42回を数えます。

    なぜ「ネット右翼」だった彼が琉球新報の記者になったのでしょうか。どのような心境の変化、葛藤があったのでしょうか。「伝えきれなかった思いがまだあるはずだ」と思い、塚崎記者にインタビューしました。
     
    ネットで考えを固めていた高校時代

    ―なぜコラムに「ネット右翼だった」ということを書こうと思ったのですか。

    題材については教育担当(当時)として教科書問題のことなど幾つか候補がありました。その中で自分にしか書けないことは何だろうと考えました。そういえば、琉球新報社内で「自分はネット右翼だった」と公言しているのは私ぐらいだなと思ったんです。であれば、なぜ自分が「ネット右翼」だったのか、そして、考えが変わったのはどうしてなのか、ということを伝えたいと考えました。

    ―「記者ですが」は冒頭、「学生時代、私は『ネット右翼』だった」と書き出しています。なぜ、自分を「ネット右翼」と定義したんですか。

    「ネット右翼」という言葉も定義はきちっと定まっているものではないと思います。ただ私が思う「ネット右翼」の定義としては、現場に行かないで、例えばインターネット上の情報で自分の考えを固め、「右」的な考えをネットで発信するというものではないかと考えました。そういう意味で、自分は「ネット右翼」だったと思っています。例えば、ネット上などでよく言われているように「中国や北朝鮮を抑えるため、沖縄には基地が必要だ」という意見などです。日本政府はそう説明しますが、私も過去、それを無批判に受け入れていました。

    ―影響されたネット上の情報というのはどのような内容ですか。

    ファクトチェックを受けていない根拠のない情報や、個人の考えがそのまま載ってしまっているブログなどです。ある意味、事実と反する情報でもネットではそれなりに影響力を持つ場合があります。ネットだけでなく、本を読む際にも自分に都合のいい情報だけを集めていたように思います。

    元防衛大学校の方が書いた本や防衛省が発行している防衛白書なども読んで、自分の考えをまとめていました。ネットだけで情報を得ていたわけではありませんが、自分の考えを補強するために本なども読んで「私の意見は論文に基づいた考え方だ」と誇示していた、ということに近いかもしれません。
     

    「ミリタリー好き」が入り口に

    ―自分が「ネット右翼」だと感じたのはいつごろからですか。

    小学生のころはイラク戦争に反対していた覚えがあります。明確なきっかけはありません。高校時代までは大分県で暮らしましたが、今考えると高校の後半ぐらいからいわゆる「ネット右翼」のようなことをしていたと思います。自衛隊の航空ショーに出向くなど戦闘機や戦車などミリタリー(軍事)に関するものに興味がありました。いわば「ミリタリーおたく」です。「ミリタリー好き」から安保への興味につながりました。「ネット右翼」になったのも、自分の場合はミリタリー好きが関係していたのかと思います。

    ―「沖縄には基地は必要だ」という考え方を持っていたと言っていましたが、「沖縄に基地は必要ない」という意見があることは知っていましたか。

    それはもちろん把握していました。私が琉球大学に入学するために沖縄に来たのは2010年4月で、現在8年目になります。米軍普天間飛行場の県内移設に反対する県民大会(2010年4月25日)の前後だったと思います。その当時は民主党政権で、いったん白紙にされた米軍普天間飛行場の移設先について、数日ごとに新たな候補地が示されていくような時期でした。

    せっかく自民党政権が苦労して名護市辺野古に移設先を決めたのに、なぜひっくり返すようなことをするんだろうと感じていました。
     


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    https://amd.c.yimg.jp/amd/20180402-00000003-ryu-000-4-view.png
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180402-00000003-ryu-oki

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    ban-20
    1: どてらを着た名無し 2018/03/31(土) 19:09:17.33 ID:CAP_USER9
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180331-00050093-yom-soci
    読売新聞

     「保護者とも意思疎通ができない」「教員の負担も限界」。

     日本語を習得できていない外国人の子供の急増に、教育現場からは悲鳴が上がる。

     横浜中華街に近い横浜市立南吉田小学校では、全校児童約740人の半数以上が外国籍などの子供だ。保護者が帰化して日本国籍になっていても、家庭で使うのは母国語のみという子供もいる。昨秋の運動会では英語や中国語など計6か国語で放送を行った。

     「臨時休校が決まっても、多言語のプリントが作れない」。こう漏らすのは関西の政令市の担当者。教員は日本語にふりがなをつけたり、個別に電話したりする対応を迫られている。

     気持ちをうまく伝えられない外国人の子供が、日本人の子供とけんかになるケースもあり、首都圏の政令市の中学教諭は「生徒指導事案の8割に外国の生徒が関わっている」と明かす。

    【運動会で6か国語放送…外国人の子供急増に教育現場から悲鳴 】の続きを読む

    認知症の「周辺症状」
    1: どてらを着た名無し 2018/03/26(月) 11:15:30.93 ID:CAP_USER9
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180324-00000072-asahi-soci

    認知症の人が一人で外出したり、道に迷ったりすることを「徘徊(はいかい)」と呼んできた。
    だが認知症の本人からその呼び方をやめてほしいという声があがり、自治体などで
    「徘徊」を使わない動きが広がっている。

    「目的もなく、うろうろと歩きまわること」(大辞林)、「どこともなく歩きまわること」(広辞苑)。
    辞書に載る「徘徊」の一般的な説明だ。         

    東京都町田市で活動する「認知症とともに歩む人・本人会議」メンバーで認知症の初期と診断されている
    生川(いくかわ)幹雄さん(68)は「徘徊と呼ばれるのは受け入れられない」と話す。散歩中に自分が
    どこにいるのか分からなくなった経験があるが、「私は散歩という目的があって出かけた。
    道がわからず怖かったが、家に帰らなければと意識していた。徘徊ではないと思う」。

    認知症の本人が政策提言などに取り組む「日本認知症本人ワーキンググループ」は、2016年に公表した
    「本人からの提案」で、「私たちは、自分なりの理由や目的があって外に出かける」「外出を過剰に危険視して
    監視や制止をしないで」などと訴えた。

    代表理事の藤田和子さん(56)=鳥取市=は「『徘徊』という言葉で行動を表現する限り、認知症の人は
    困った人たちという深層心理から抜け出せず、本人の視点や尊厳を大切にする社会にたどり着けない。
    安心して外出が楽しめることを『当たり前』と考え、必要なことを本人と一緒に考えてほしい」と話す。

    こうした意見を受け、一部自治体が見直しに動く。福岡県大牟田市は、認知症の人の事故や行方不明を防ぐ
    訓練の名称から「徘徊」を外し、15年から「認知症SOSネットワーク模擬訓練」として実施する。
    スローガンも「安心して徘徊できるまち」から「安心して外出できるまち」に変え、状況に応じ
    「道に迷っている」などと言い換えている。認知症の本人の声を尊重したという。

    兵庫県は、16年に作成した見守り・SOSネットワーク構築の「手引き」で、「徘徊」を使わないと明記、
    県内市町にも研修などで呼びかける。名古屋市の瑞穂区東部・西部いきいき支援センターは、
    14年に作成した啓発冊子のタイトルを「認知症『ひとり歩き』さぽーとBOOK」とした。
    「いいあるき」という新語を使うのは東京都国立市。「迷ってもいい、安心できる心地よい歩き」という意味を込め、
    16年から始めた模擬訓練で用いている。

    厚生労働省は、使用制限などの明確な取り決めはないものの、「『徘徊』と言われている認知症の人の
    行動については、無目的に歩いているわけではないと理解している。当事者の意見をふまえ、
    新たな文書や行政説明などでは使わないようにしている」(認知症施策推進室)とする。

    推計では、認知症高齢者の数は15年時点で500万人を超す。25年には約700万人に達すると見込まれている。

         ◇

    朝日新聞は今後の記事で、認知症の人の行動を表す際に「徘徊(はいかい)」の言葉を原則として使わず、
    「外出中に道に迷う」などと表現することにします。今後も認知症の人の思いや人権について、本人の思いを
    受け止め、様々な側面から読者のみなさんとともに考えていきたいと思います。

    【「徘徊」使いません。認知症の本人から「やめて欲しい」との声が上がり自治体などで見直しの動き】の続きを読む

    syuranokuni01
    1: どてらを着た名無し 2018/03/17(土) 22:16:58.82 ID:CAP_USER9
    九州最北端に位置し、ネット上で「修羅の国」の異名を持つ福岡県北九州市。
    「手りゅう弾が路上に転がっているのが日常」「成人式では、ド派手な衣装で武装する」などヒャッハーなうわさが、まことしやかにささやかれています。

    しかし、これらは本当に正しいのでしょうか。
    ネット上に広まる「北九州市=修羅の国」説について、同市の広報担当者に取材しました。

    ―― 単刀直入に伺いますが、北九州市は「修羅の国」って本当ですか?

    違います(即答)。

    市としてこのネットスラングと向き合ったことはたぶんないと思うので、個人的な感覚に基づく話になりますが。
    以前は福岡県全体を指す表現だったと思うんですよ。
    でも、後から「北九州市=修羅の国」と捉えるケースが出てきて、現在は両方が使われています。

    前提としてお話しておきたいんですが、「北九州市」という地名には、少しややこしいところがあると思うんです。
    というのも、「北九州」という言葉が指す地域は
    ・北部九州(九州北部に位置する福岡県、佐賀県、長崎県などを指す)
    ・北九州地区(北九州市、その周辺を指す)
    ・北九州市
    といくつもあって。ニュース番組を見ると「福岡市で豪雨」を「北九州で豪雨」と言ってたりしますしね。
    間違いではないんでしょうけど、「北九州“市”」と誤認する人もいるんじゃないの、と。
    こういう分かりにくさがあるなかで、例えば、福岡県内で何か物騒なことが起こり、ネット上で情報が拡散したとしますよね。

    ―― 「さすが修羅の国」とコメントする人が出てきますよね、きっと。

    ええ。さらに「やっぱり北九州は違うわ」みたいなことを言う人が現れると、ネット上のお祭り騒ぎの中で、地名の勘違いが起こって「北九州“市”は~」という話になってしまう可能性があるのではないか、と。
    実際、ネット上の記事を見ると県内にある別の市で発生した事件が、北九州市で起こったかのように書かれていることがあります。
    ただでさえ、ネット上のうわさのせいで怖がられている節があるのに、よその怖い話を吸収して修羅の国イメージが濃縮されているというか……。

    ―― そもそも「修羅の国」というネットスラングは、いつからあるのでしょうか。

    正確なことは把握していませんが、私が「修羅の国」という表現をよく目にするようになったのは2000年ごろ。
    ちょうどインターネットが普及していった時期なのですが、このころに福岡県では物騒な事件が重なってしまいました。
    それで「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」あたりを起点に、修羅の国という呼び方ができていったのではないか、と。

    さらにさかのぼると、炭鉱で栄えていたこと、福岡県を舞台にした任侠映画が多数作られていたことなどから、もともと「気性の荒い人が多そう」というイメージが広まっていた可能性も考えられます。
    このことも間接的に影響しているのかもしれません。
    「北九州市=修羅の国」という図式が現れたのは最近のことで、市内でロケットランチャーなどが発見される事件が数年前に起こってからだと思います。

    ―― 「その手の物騒なものが路上に転がっているのが、北九州市の日常」なんて真偽不明の情報もありますが。

    もしもイメージ通りの修羅の国が存在したら、そんな感じなんでしょうけどねえ……。
    調べれば分かることですが、確かに北九州市には指定暴力団が1団体あります。
    でも、市民が安全に暮らせるように対策していますし、日常生活の中でトラブルに巻き込まれることなんて、まずありえないですよ。
    私自身、本物の手りゅう弾なんて見たことないですから。

    ネット上では「2013年にJR小倉駅で手りゅう弾が見つかった」という情報が出回っていて、記憶に残っている人もいると思います。
    でも、あれって結局、おもちゃだったんですよね。
    発見当初はそれが分からなくて、騒ぎになってしまっただけなんです。

    確かに北九州市は、刑法犯認知件数が多かった時期があります。
    2002年は政令指定都市全20カ所のうち、ワースト3位。
    でも、2016年には件数が5分の1に減り、10位になっています。ちょうど真ん中くらいですね。

    ―― 5分の1とは、ずいぶん減りましたね。

    件数に関しては、全国的に減少傾向にあるというのもあるんですけどね。
    その中でも特に改善されているから、順位が良くなっているわけです。

    http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1803/09/news126.html

    【「北九州市は修羅の国」って噂、どこまで本当ですか?市の担当者に聞いてみた → 「銃弾なら3発まで避けられます」 】の続きを読む

    PK2017012802100046_size0
    1: どてらを着た名無し 2018/03/16(金) 17:45:58.65 ID:CAP_USER9
    https://www.asahi.com/articles/ASL3J3FGJL3JUTIL00F.html

     ツイッターで「スリーパーセル(潜伏工作員)」「北朝鮮のパシリ」などと中傷されて名誉を傷つけられたとして、人権団体「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉(シンスゴ)氏(59)が16日、フリージャーナリストの石井孝明氏に550万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

     訴状によると、辛氏は2016年11月~18年2月、ツイッターで多数回にわたり、石井氏から名指しで「縁もゆかりもない、沖縄で、総連の裏金使って訪問して踊っている」「総連?の使う工作員」などと言及された。17年10月には、ツイッターで「日本人への罵声を繰り返す外国人辛淑玉」「極右が焼き討ちしかねない」などと発言され、安心して生活する権利を侵害されたと主張している。

     提訴後に会見した辛氏は「私が黙っていたら、ほかの人も黙らざるをえない。これ以上、デマを許すわけにはいかない」と語った。

     石井氏は「(ツイッター発言の)大半は削除しており、社会的影響はない。スリーパーセルの言及は一種の冗談で、訴訟を起こすのは理解に苦しむ。言論の自由をおびやかすものだ」などとコメントした。


    参考
    辛淑玉の指南動画流出「若者は死ね年寄りは捕まれ」福島瑞穂も登壇
    http://ksl-live.com/blog7551
    >のりこえねっと代表の辛淑玉(シンスゴ)氏が講演で「私は稼ぎます、若い者には死んでもらう、爺さん婆さん達は嫌がらせをして捕まってください」「山城(博治)には病気で死ぬな、米兵に殺されるな、日本の警察に殺されるな、私が殺してやるから」などと高江での行動を指南する動画が拡散され話題になっている。

    【辛淑玉氏がジャーナリスト提訴 「北朝鮮のパシリ、工作員と中傷された。デマを許すわけにはいかない」 】の続きを読む

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